大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(く)143号 決定 1974年8月30日

少年 T・N(昭三〇・六・一四生)

主文

原決定を取り消す。

本件を横浜家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の理由は、少年作成の抗告申立書に記載されているとおりであつて、その要旨は、自分は、本件窃盗を犯したことは事実であるけれども、その後昭和四八年一二月末頃からは、自分のことを真剣に考え、事件を起こさずに真面目に働いてきたものであつて、今後は社会人として間違いを起こさずにやつていく自信があるので、自分を特別少年院に送致した原決定を取り消して、自分に今一度社会で更生する機会を与えて欲しいというのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実の取調の結果を参酌して検討すると、まず、少年は、昭和四八年一二月初め頃から不良仲間のアパートに寄宿して無為徒食の生活をしていたが、所論のとおり、同月末頃自身の将来を考えた末、心機一転して真面目な生活をしようと決意し、それまで住んでいた神奈川県大和市を出て、藤沢市に赴き、まず、新聞販売店に、次いで、本年五月一〇日頃からは喫茶店に住み込んで、真面目に働いていたものであつて、少年がこの間人一倍真面目に働いていた事実は、単に少年の供述だけでなく、右両店の雇い主の供述によつて十分に認めることができる。

ところで、原判示のとおり、本件において、少年は六回にわたり現金約一四万円と自動車、トランジスターラジオなどを窃取したものであつて、しかも、少年は、小学校低学年時から家出、ボンド遊び、窃盗などの非行を重ね、昭和四六年五月には中等少年院に収容されたのに、同少年院仮退院後も、窃盗、住居侵入、公務執行妨害などの非行を重ね、保護者、保護司、裁判所の監督に殆ど服さず、本件非行に及んだものであることにかんがみると、その後、少年が、右のように、真に更生を決意し、その実践をしてきたからといつて、直ちに少年の非行性が全く消滅したものと認められるものではなく、かえつて、少年の右のような非行歴、生活歴、および、次に判示する少年の家庭とくに父との関係などを総合すると、一見して、少年の非行性は現在においてもなお根深く、したがつて、本件においては少年を特別少年院に送致する他はないかのようにさえ見受けられるのである。

しかし、少年が右のように非行を重ねてきた経緯をさらに詳細に考察すると、少年は父T・S、母T・G子の第三子として出生したが、当時、父は、恐喝、傷害罪などにより四回処罰を受けていた狂信的な右翼活動家であつて、家庭においても、横暴で飲酒のうえ妻子に暴力を振い、母は少年が出生後まもなく少年らを残して家出、離婚をし、その後家庭に入つた継母は少年らに冷淡であつて、そのために、少年は、小学低学年時から家庭に反発して家出、窃盗などの非行をするようになり、小学三年時に家庭での養育が不相当であるとして養護施設に引き取られ(そのころ少年の兄は教護院に収容された)、中学三年時まで同施設に在園し、その後父の希望で一時家庭に戻つたが、父はいぜんとして少年に高圧的で暴力を振い、継母は冷淡であつたことから、少年は、家庭に安定することができず、かえつて、父、継母に強く反発し、右施設在園中に身についた窃盗、恐喝、家出、ボンド遊びなどの非行を重ねて、昭和四六年五月中等少年院に送致され(なお、右送致決定においては、少年が「正当な理由がなく」家庭に寄りつかず、かつ、保護者の「正当な」監督に服さなかつた旨認定されているけれども、そのころ少年の兄と姉も家出をしているのであつて、右のような父、継母の少年に対する態度などとあわせ考えると、右認定のとおり、少年が家庭に寄りつかなかつたことに正当な理由がなく、また、少年が服さなかつた保護者の監督が正当なものであつたか否かについては、多大の疑問がある)、昭和四七年七月同少年院を仮退院した後は、父の知人や兄方に預けられたが、なお、父およびその関係者に対する不信感が強く、右知人や兄の下でも安定せず、窃盗、住居侵入、家出などの非行を重ねたものであることを認めることができ、また、本件少年調査記録および当審における事実の取調の結果によれば、少年自身の性格的な偏りはさして高くなく、とくに、昭和四八年八月二〇日付、昭和四九年六月二八日付各鑑別結果通知書(添付の行動観察票を含む)などによると、最近少年の年齢的な成長と家庭からの離脱に伴つて、右偏りは次第に少くなつていることが推認され、以上の事実関係に照らすと、少年がこれまで多年にわたつて重ねてきた非行は、主として、少年と家庭とくに父との間に生じた葛藤に起因するものであり、したがつて、少年の右家庭に関する葛藤が解消され、かつ、少年が更生への真の自覚を有するに至るならば、少年が自力で更生することは十分に可能であるものと認められる。

そして、少年は、本件非行に至るまでは、家庭から完全に独立していなかつたことから、絶えず、家庭に関する葛藤が生じ、精神的に不安定となつて、右のような非行を重ねていたものであるが、少年は、すでに年齢が一九歳に達した青年であつて、さきに判示したように、本件犯行後間もなく更生への真の自覚が芽生え、本件により逮捕されるまでの約五か月間は、家庭から完全に独立して安定した精神状態の下で真面目に生活してきたものであつて、少年は、現在なお家庭とくに父に対する憎悪と不信の念がきわめて強く、右少年と家庭との関係を改善するには相当の年月を必要とするものと考えられるけれども、今後も右のように家庭から完全に独立した生活を送ることができるならば、少年が自力で更生しうる可能性は決して少なくないものと認められる。

ところで、本件において少年が犯した窃盗は、さきに判示したその回数、窃取額に照らして決して軽視できないものであつて、被害弁償もされていないこととあわせ考えると、本件については、少年に対しその所為につき相当な制裁を加えることが応報的正義の実現ないしは犯罪の一般予防の見地から、また、けじめをつけるという教育上の見地からも必要であるといえるかも知れない。しかし、少年は、本件については、逮捕以来今日まですでに約三か月間身柄を拘束されたことにより、すでに相当な社会的制裁を受けているのであつて、右のような見地から少年をさらに少年院に送致するまでの必要があるものとは認められないし、また、性格矯正の面においても、さきに判示したように、少年の性格上の偏りはさして高くなく、とくに、最近年齢的成長と家庭からの離脱に伴つて、右偏りは少くなつてきていること、ならびに、少年は少年院を含めた施設在園の経験が多いことなどから考えると、少年を再度少年院に送致しても、格別の効果が生じるものとは必ずしも期待することができず、かえつて、現段階における少年院送致は、これまで多年にわたり不遇な家庭環境に置かれたが故に非行を重ねてきて、現在ようやく自力で家庭から独立して真の更生への道を踏み出した少年の更生への意欲の芽をつむ危険のあることが認められるのであつて、以上に判示したところを総合すると、本件については、少年が再非行に陥る危険も認められるとはいえ、ようやくにして少年が真に自力更生しうる条件が整つたこの機会を逃がさずに、少年の右更生への意欲の芽を伸ばすことこそ、少年の健全な育成を理念とする少年法の精神にかなうものであつて、現段階においては少年を少年院に送致すべきではないものと認められる。

以上の次第で、本件抗告は理由があるので、少年法第三三条第二項により少年を特別少年院に送致した原決定を取り消し、本件を横浜家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定するが、なお、当裁判所は、同家庭裁判所において、今後特別の事情が生じない限り、当面は少年を家庭の束縛から完全に解放させる方針の下に、少年が自力で更生するために最も実効のある方途を講ずることを希望するものである。

(裁判長裁判官 吉川由己夫 裁判官 瀬下貞吉 竹田央)

参考 原審決定(横浜家裁 昭四九(少)二六八九号・同二七六二号 昭四九・七・八決定)

主文

少年を特別少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

第一1 昭和四七年一〇月二九日午後一一時ころ、鎌倉市○○×丁目××番地×号○ー○ハ○ス一階二号室○島○方居室において、同人所有の現金一、七五〇円を窃取し

2 昭和四八年六月二六日午後二時三〇分ころ、藤沢市○○×丁目×番地××号○ゆ○荘○藤○子方居室において、同人所有の現金一〇五、三四〇円及び預金通帳一通を窃取し

3 Aと共謀のうえ、昭和四八年八月三一日午後一一時ころ、千葉県船橋市○○町×丁目×××番地○○駐車場において、同所に駐車中の○谷○三所有の普通乗用自動車一台(時価一五〇、〇〇〇円相当)を窃取し

4 昭和四八年一二月六日午後一時ころ、大和市○○○×丁目××番××号○○荘二階一号室○本○方居室において、同人所有の現金二三、四〇〇円を窃取し

5 昭和四八年一二月一九日午後三時ころ、大和市○○○××××番地○○荘市○武方居室において、同人所有の現金八、〇〇〇円、印鑑一個(時価三、〇〇〇円相当)及び預金通帳一通を窃取し

第二 Bと共謀のうえ、昭和四六年五月四日午後三時ころ、横浜市縁区○○町×××番地○菱○工○砥○××××号室○野○巳方居室において、同人所有の現金一、九〇〇円、トランジスターラジオ一台及び万年筆一本(合計時価六、五〇〇円相当)を窃取し

たものである。

(法令の適用)

少年の所為はいずれも刑法第二三五条に該当(なお第一の3及び第二の事実については同法第六〇条も適用)。

なお第二の事実については、当裁判所には第二記載の金品の他に財布兼免許証入れ一個(時価一〇〇円相当)及び免許証一通をも窃取した旨の事実が送致されてきているが、少年は当初より前記物件の窃取を否認しており当審判廷において取調べた一件記録(昭和四九年(少)第二七六二号)によつても前記物件窃取の事実を認め得ないので第二記載のとおり窃取物件として認定しなかつた。

(処遇理由)

少年の生活歴、家族関係、非行歴は当裁判所調査官作成の少年調査記録記載のとおりであるが、少年は、飲酒のうえ粗暴な折檻をくり返す父親と少年の養育を拒否し放任している継母のもとで家庭的な愛情に恵れることなく成長し、小学校三年頃から家出して放浪生活を続け昭和三九年一一月には養護施設○○学園に収容されたが逃走を再三くり返し、昭和四五年一〇月に保護者の希望もあつて自宅へ戻されたものの、その後もシンナー・ボンド吸入や不良交遊が続くなど生活は安定しなかつたばかりか父親とのいさかいも絶えず、結局昭和四六年三月八日家出して浮浪生活に入つて家庭に寄りつかなくなり、同年五月二四日当裁判所において虞犯保護事件(昭和四六年(少)第二三七八号)により中等少年院に送致され、昭和四七年七月一一日に静岡中等少年院を仮退院して父の知人の○村方で建築業の手伝いとして住込稼働するようになつた。しかし再び父との関係がこじれたことから同年八月七日に○村方を出奔して同月九日には前件の銃砲刀剣類所持等取締法違反、公務執行妨害の非行(昭和四七年(少)第三九〇九号)を犯し、同年九月四日不処分になり○村方で再び稼働することになつたけれども、父親との折合は依然として悪くこれが原因で同年一〇月初旬再び○村方を飛び出し、同月二九日には本件第一の1の非行を、同年一一月初旬には前件住居侵入の非行を犯し、この住居侵入保護事件(昭和四七年(少)第六三八六号)により在宅試験観察に付され(昭和四八年一月一〇日決定)○村方へ戻されたものの、同年六月中旬又もや○村方を出て徒遊生活に入り同月二六日には本件第一の2の非行を、同年八月四日前件住居侵入の非行を重ね、この住居侵入保護事件(昭和四八年(少)第三八一八号)と前記昭和四七年(少)第六三八六号事件とを併せて補導委託に付された(昭和四八年八月二七日決定)が、同年八月末には本件第一の3の事件を起こすとともに委託先から逃走したものの、同年九月初旬裁判所へ自ら出頭して今後は兄T・Iと同居すること及び兄が少年の監護、指導に当ることを約したことなどから再び在宅試験観察に切替えられた。ところが同年一一月ころから兄とも折合が悪くなり、同月末に兄の監護を離れて所在をくらまし怠業しては友人宅に泊るなど規律のない生活を送るなかで遊興費欲しさから本件第一の4及び5の非行を重ねたものである。上述した中等少年院仮退院後の処遇はいずれも少年に内省と自覚の姿勢が窺われるようになつたことと前記○村や兄が身柄を引受け監督、指導することを約したことなどから、社会内処遇により少年の内省と自覚とを強化して更生を図るとの趣旨のもとになされたのであるが、結局は少年の自覚と更生意欲は規律ある安定した生活の確立と再非行の抑止をなし得る程のものには至らなかつたし、その行動、性格傾向に対する改善の兆も窺われなくはないが、既述のとおり父或いは兄との関係の悪化、怠業、出奔、再非行という行動形態はくり返されており、又問題・障害場面における逃避的、他罰的傾向及び自己統制力の弱さも依然として顕著に認められ、行動、性格傾向は正されていないばかりか非行が少年の生活行動と密着したなかで反覆されていることなどに鑑みると少年の非行親和性は極めて大きいものがあると言わざるを得ない。

一方家庭においては、父親は従前より少年を愛育せんとする姿勢に欠けていたばかりか、少年の家出、非行が重なるにつれ保護方策も尽き現在では監護の責を果し得ない旨述べている状況であり、継母は少年の養育、監護には全く関心を示さないし、又兄にもその監督、指導を期待し得ないといつた有様で、最早家庭に少年の監護を望むことは不可能であると言つても過言ではない。

ところで、少年は本件第一の4、5の非行を犯した後新聞配達員やバーテンとして稼働するに至り勤務成績も良好なうえ生活態度にも一応の落着きが見られるようになり、従前の生活行動に対する内省と自覚の姿勢が深化されつつあるように見受けられるけれども、前述した少年の非行に至る経緯、非行の態様、家庭環境、行動、性格傾向、非行親和性、従前の処遇の結果等、諸般の事情に鑑みると、社会内処遇を以つてしては少年の更生を図ることは極めて困難であつて、少年院における厳格にして規律ある生活と適切な教育的措置を通じて、少年の内省と自覚とを更に強化させ、性格の偏りを正し自己統制力と自律性とを養わしめるとともに規範意識を高揚せしめ、再び誤ちをくり返すことのない人間として更生させることが少年の健全な育成を期するため至当であると思料されるので、少年を特別少年院に送致することとし、少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第四項を適用して主文のとおり決定する。

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